校長より生徒の皆さんへ【第3回】

おはようございます。
校長から生徒の皆さんへ、第3回目の言葉です。

 

7月21日(木)

生徒の皆さんへ

 

「どんなところにも必ず生かされていく道がある。」

 

「人の命とはつくづく不思議なもの。確かなことは自分で生きているのではない。生かされているのだということです。どんなところにも必ず生かされていく道がある。すなわち人生に絶望なし。いかなる人生にも決して絶望はないのだ」。

これは「無手無足」という自らの障害を受け入れ、明るく生きることで人々に生きる力と輝きを与えた偉大な人物、中村久子さん(1897~1968)の言葉です。

久子さんは、明治30年、岐阜県高山市で生まれました。3歳の時に、凍傷がもとで突発性脱疽となり、左手が手首から崩れ落ち、脱疽が転移していた右手と両足を切断、両腕の肘から下と両足の膝から下を3歳の時に失うという絶句するような過酷な人生を背負わされた。
障害者でありながら、自立した人として強く生き抜いた久子さんという女性の強い心と輝きを

感じます。そして、どんなに辛くても苦しくても、自立し周囲と対等に付き合える自分になると

いう決意に、自分の境遇をしっかり引き受けて、そこから立ち上がっていく様子が窺えるのでは

ないだろうか。

私たちは、日常生活の中で知らず知らずのうちに、自分と他人の違いを区別したり比較したりする。他人との生活や仕事、学歴、容姿・・・。挙げればきりがない。それはやがて自他を比べて妬んだり、うらやんだりするようになり、私たちはどんどん苦しい状況になってしまうのだ。

久子さんは、両手両足がないのが私自身であり、人と比較してどうなるものでもないことを身を持って知らしめてくれている。そして、「両手両足がない体のお蔭で、かけがえのない人生を豊かに生かさせていただいた」という久子さんの言葉から全てを引き受けて生きられた力強い「心」というものが私たちに伝わってくる。

「どんなところにも必ず生かされる道がある」。生きた久子さんのこの言葉が、私自身に試されているような気がする。

校長 中村三喜

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